フリークライミングに出会った時、ヨセミテの岩を裸で登る人の写真やその背景の青空に、それまでの日本の岩登り=暗い、悲壮感といったイメージ(あくまでも自分の中での)が吹き飛び、これだ!と思った。
あの時の感動は、30年近くも経てばかなり色あせてしまったけれど、今でも自由とか開放とか明るさに、いつも飢えている自分がいる。そしてクライミングが余り上達もせず、クライミングから離れられない自分がいる。自分にとってクライミングの上達、人生の上達と自由は同義に近い。
自由とは何だろう?サラリーマンをやっていた時と違って、今は上司や同僚や部下の顔色をうかがうこともない。時間も全く自分の自由だ。その反面、お金は完全に不自由。欲しい本もクライミング用品も、日々の生活さえカツカツだ。自由時間が有り余るほど、それを自分できちんと管理する意志力が必要になってくる。自由と不自由は表裏一体。
クライミングは重力との勝負。軽いほうが重力から開放される。しかしその軽さを得るにはダイエットという食の不自由がつきまとう。
いつも明るい自由を感じるには、暗い不自由を受け入れる覚悟が必要。とすれば究極の自由は究極の不自由ということか?非情なパラドクス。
自分の欲する自由を掴むには、日々コツコツと頑張るしかないという、答えにもならない諦めというか、そんなところで思考はいつも中断するのだ……と、こおいう思考パターンが閉塞感を生み出すのか?いっそ何も考えない方がいいのか?……まっいいか。結局、楽天的に進んで行くしかないのかな。
8日水曜は久々に女神様と松本のジムへ。テープ課題の4級全制覇まであと7つ。8月にはできなかったムーヴが6つまではできたが、あと1課題もう少しと言うところでだめだった。
けれどそろそろ4級からは開放され3級へ。日々の地道なトレーニングと減量の成果が出てきている。この調子で、ジムでは3級、2級、生岩は冬の間に1本位は1級~初段を登りたい。瑞浪のイヴもきちんとマスターリード何度かしておきたい。
以上、今の自分の頭の中をちょっとまとめて整理してみた。
土日もビジター、会員そこそこ来られ、有難い週末でした。感謝。