クライミングライフ#16/20

 2024年になり早くも一ヶ月が過ぎようとしている。1月の目標は残念ながら達成できずに終わりそうだ。しかし、おおむね良い流れの中にいる。情報の海に溺れず、自分の頭の中をすっきりと整理整頓する。目標に向かってできるだけまっすぐに、回り道しない練習を心がける。当然、いつもうまくいくとは限らない。「わからない状態」を我慢する耐久力が大事。継続が基本中の基本。次なる私のピリオドは6月。フリークライミングジム ゲッコーは迷えるクライマーとともに北極星を見つけたい。

クライミングライフ#15/20

2024年は震度5+で幕を開けた。元旦の昼過ぎまでは、雪もなく穏やかでよい正月だ、と思っていたのに。クライミングのモチベーションが上がらないとか、寒くて走れないとか、勉強できないなどと言っている場合ではない。今、生きている幸運を、日々の活力に変えなければ。

クライミングライフ#14/20

 長らく発信の気持ちが起きなかった。

 ここ数年、コロナ、親や親類の高齢化や逝去、自分の高齢化などからいろいろと気分が滅入っていた。自分のクライミング?、ジムをどうするか?、親の介護は?、不安はつきない。

 しかし、このところ、自分の生活やクライミングを向上させるのに、ゲッコーというジムがやはりなくてはならないと再確認している。

 ゲッコーはクライミングに行きたいのに、家庭や仕事で行けないクライマーのために1996年に立ち上げた。もちろんそのクライマーの筆頭が自分であるわけであるが、27年の時間の中で、ジムの経営が、逆に自分がクライミングに行けない足かせだと思うようになった。

 どうあがいた所で人は老いて死んでいく。現在61歳の自分のクライミング人生もそんなに長くはない。ゲッコーを大切にし、切磋琢磨の気持ちを新たにする、2023の秋である。

クライミングライフ#13/20

昨年11月にこのWebサイトに不正アクセスがあり、更新できない状態が続いていた。

早急に対処すべきところだったが億劫で行動に移せなかったのが実情。

フリークライミングジム ゲッコーは1995年3月にオープンした。

27年がたった。

コロナやウクライナ侵攻は平和の儚さ、有難さ、尊さを教えてくれている。

私も永遠と言えるものはないと実感できる年齢になってきた。

美しき終焉というのは難しい。しかし新たな気持ちでジムを運営していきたいと思う。

 

クライミングライフ#12/20

 それにしても大変なことになったものだ。2020年がまさかこんな状況になるとは思ってもみなかった。しばらくしたら収束に向かうのか、それともまだまだ序の口なのか、全くわからない。かと言ってどうすればいいかもわからない。ジムは開店休業状態、トレーニングのモチベーションも上がらないので、クライミングのYouTube動画ばかり見ている。自分が惹きつけられるのは最新の高難度ルートよりも、フリークライミングの歴史がしみ込んだクラシック・ルートを登る動画だ。とりわけここ数日はヨセミテのセパレート・リアリティーというルーフ・クラックにはまった。検索するとすぐに10近くの動画を見ることができる。ハインツ・ツァクのフリーソロが特に良く3回程観た。ゲッコーにもセパ・レアを模したクラックがあるので、お客さんのいない今、久しぶりに練習してみよう。

クライミングライフ#11/20

ゲッコーにはしばしば、一人でボルダリングしたいという人が訪れる。全く自然な感情だと自分は思う。ジムがこれだけ増えボルダリングが大衆化すると、みんなでワイワイ登るのが楽しいという風潮一色となり、一人で静かに派はスミに追いやられてしまう。数によって支配される一般的価値から離れたところにクライミングの魅力があったはずなのに、クライミングの窓口であるジムがその魅力を伝えることができないでいいのか?お客さんが増えなければ経営は成り立たないが、マナーなども含め、クライミングの人間的側面、個人的側面を大切に考えていきたい。混んでいても一人一人の世界が尊重されるジムを目指したい。

クライミングライフ#10/20

ゲッコーのマットの破れがかなりひどくなってきた。マットを新調する余裕は全くないので、補修に補修を重ねている。いろんなやり方を試行錯誤してきたが、針と糸で手縫いするのが一番良いというのが現在の結論。針の長さ、太さ、糸の材質などもいろいろ試した。右手に皮手袋をはめるというのも作業の中でわかった。数メートルにも亘ってしまった破れを縫うのは、一針5㎜弱の作業では少々うんざりする。でも、今日は50㎝と決めてマジックで印をつけてやるといい感じで集中できる。日々こんな地味な作業をやっているのであるが、結局クライミングのトレーニングもそこが重要だとふと思った。

つまり、自分で根気よく試行錯誤してやり方を編み出し、明確な小さい目標をうまく設定し、破れが大きくなる前に小さいうちに縫った方が楽なように、トレーニングも日々コツコツ弱点をイメージして続けるしかない。

クライミングライフ#9/20

クライミングにおける感謝

 感謝の気持ちが大切、と言うと何やら胡散臭いが、クライミングライフにおいて煮詰まらないための対策としてこの言葉をあげておきたい。最初これだ!と感じて始めたボルダリングもそのうちトーンダウンしてくる。なかなか上達しないことを他人と比較したり、目標を見失ったりする。フリークライミングの言葉のイメージ、すなわち縛られない自由で開放的なイメージそれ自体にも縛られてしまっている。自分が思い描く理想に囚われてしまうのは、注意していないと誰でもはまってしまう日常のワナだ。そのワナにひっかからないための対策が感謝の気持ち。身体が健康なことに感謝、登る時間を与えてくれた家族に感謝、お金をくれる会社に感謝、極小スタンスに立てるミューラーに感謝、何でも感謝。感謝することが、囚われた意識から自分を逃がして自由にしてくれる。感謝することが身につけば、上達は間違いない。一朝一夕では身につかないスキルではある。

クライミングライフ#8/20

この本を深く理解したい

ロクスノ086「トレーニング本の系譜」でイチオシと書いてあった「パフォーマンス ロック クライミング」自分もそう思う。以下同書より抜粋。

「クライミングはムーヴ主体のスポーツである。ほとんどのクライマーがこの点を見落としていて、筋力や柔軟性のような、あまりに具体的な、数値に表しやすいことに集中しがちだ。そんなクライマーにはならないようにしよう。トレーニングではコーディネーションとテクニック以上に重視すべきものはないのだから。」

コーディネーションやテクニックには思考や精神面も含まれる。そしてそれらを駆使して岩を登るその行為自体にクライミングの本質があり、完登すらもおまけに過ぎないのだと考える。

クライミングライフ#7/20

季節とクライミング

 県内に良い岩場がない、岩場まで何時間もかかる、というのは何年たっても富山県クライマーの嘆きである。雑穀谷は貴重な岩場だが、登れるのは称名道路が開通している5月から11月の約半年に限られる。その内、夏場は暑すぎたり虫に悩まされたりで登りたくない日も多い。残りの半年以上は車で5時間前後かけて県外の岩場へいくことになる。富山に定住している限りこれは受け入れなければならない現実。でもクライミングを続ける中で、訪れる岩場が一年の季節の流れを感じさせてくれて、日々の生活にリズムとか刺激を与えてくれてなかなかにいいもんだと思えるようになってきた。残雪に新緑が映える5月の雑穀や青海、紅葉の季節も美しい。GWには東北や中国地方に足を延ばす人もいる。夏はやっぱり小川山、瑞牆山。秋の奥秩父ももちろんいい。冬の二子山で寒さに凍え、日当たりで生き返ったり。東海北陸道は冬場に愛知県の豊田の岩場と富山を3時間で繫いでくれる。鳳来の岩場の基部にインターチェンジができたときは驚いた。富山から高速だけで鳳来に来れる日が来ようとは!ここも春と秋には人気のエリア。冬の伊豆城ヶ崎海岸も年に一度は行きたいエリア。岩場はまだまだある。富山のフリークライマーは週末寝不足の目をこすってロングドライブに精を出す。ゲッコーがいつまでもそんな人たちが集う場所であることを願い、仲間がもっと増えることを願う。